自遊通信 No.67(2017 新年)
発 行 自遊学校 文/河原木憲彦 絵/野口ちとせ
10年ぐらい前の夏、自遊学校に森田さんという40歳代の男性が一人でふらりと訪れて泊まった。北海道から自動車で南下して来て1ケ月あまり、いまは四国を回っているという。なんでも建築業に携わりながら北海道に住んでいたが、奥さんと別れて別天地を探しに来たということだった。
翌日出発しようとしていた森田さんが、釣竿を手にしていた私を見て「釣りに行くの?」と訊いた。そうだと答えると、森田さんは出発を延期して釣りに同行したいと言った。後で知ったのだが、森田さんは釣りキチで、北海道にいたときは毎日のように釣りに行っていたらしい。
学校裏の崖を滑り落ちないように立木に掴まりながら降りると、そこは誰もいない釣人のプライベートスポット。狙う魚はカワハギ、ブダイ等。ブダイは50センチサイズのものが釣れるときがある。そのときは途中で降り出した雨に濡れながら3~4時間でたくさんの魚が釣れた。
それで味を占めた?森田さんは、しばらく滞在したいと言い出し、それから少しして同じ町内に家を借りて住み始めた。以後20年、途中には再婚、再離婚もあったが、便利屋稼業しながらずーっと大月町に住んでいる。
昨年末、森田さんから電話があった。いままで借家住まいだったけれど、良い家が見つかったから300万円で買うことにしたという。早速見に行ったら、3LDKぐらいのしっかりした2階建て和風家屋で菜園も車庫も付いている。70歳になる森田さんが終の棲家を見つけ住み始めた。20年前あのとき釣りに行かなかったら、北海道から来た森田さんが高知県大月町でこんな立派な家を買って住むこともなかったろう。
あちこち武力紛争やテロが絶えない上にトランプ新大統領登場の2017年、新年早々普通の人のちょっとめでたい話題が嬉しい。
黄の拳突き出すようにカリンの実
桜や銀杏はすっかり葉を落としかりんの黄色の実が一月の校庭を彩っています。幹と枝のシルエットのその向こうには小高い尾根の景色が広がっています。次から次へと積もっていく枯葉の上を歩くとシャカシャカと軽やかに春を待つ音が。
本年もどうぞ宜しくお願いします。
河原木憲彦 野口ちとせ