No.40 (2007 秋・冬号)           本年も宜しくお願いします。

発 行 自遊学校  文/河原木憲彦  絵/野口ちとせ 



 

 

 


 

 

 

 

竜ヶ迫に引っ越してきて間もない頃、部落の放送があった。
「メジカがほしい人は港まで来てください。」
メジカ? 牝鹿?? 何のことだかわからなかったが、みんな歩いていくのが見えたので私も港に向かった。岸壁には漁船が横付けしていて、部落の人が大きなプラスチックのカゴからなにやら掴んではビニール袋に入れている。近づいてみると、カゴの中には鯖ぐらいの大きさの魚がたくさん入っていた。それを見て私は初めてメジカは魚だとわかった。後で知ったことだが、ソウダガツオのことをこの辺りではメジカというのだ。牝鹿ではないとわかり、私はメジカを目一杯入れた袋を手に持って、1人でクスクス笑いながら歩いて帰った。
「組合」という言葉を部落の人から聞いたときも最初何かわからなかった。労働組合かな? まさか!? 竜ヶ迫の人たちは漁業組合を「組合」というのだと、これはすぐわかった。       

先日、2007年も終わりの肌寒いある日、私は組合に向かって歩いていた。竜ヶ迫にはお店がない。だから組合では酒・米・切手などを売っている。私は切手が欲しかった。組合の開き戸を開けると信田のお婆ちゃんが事務員の亜由美ちゃんを相手になにやら話していた。亜由美ちゃんは30代。竜ヶ迫では貴重な若手である。
「若い頃はこんなになるとは思いもしなかったよ。ここまで歩いてくるのも杖ついて足引きずりながら、やっとこせだ。」
そこで信田のお婆ちゃんは私の方を振り向いて言った。
「なあ、カワラギさん。年とるというのはつらいもんだ。あんた はいくつになったかね? 70? そんなにならんか。」
「70に見える? まだ60前、50代だよ。」
私がそう答えると、信田のお婆ちゃんは言った。
「そうかね。じゃ、まだまだだ。私はもうすぐ90じゃが、85までは足腰も弱ってなかったし、しゃんしゃんと歩いて畑にも行ったもんだ。あんたはこれからや。あと30年は元気でやれるよ。」
「あと30年? そうか、まだまだか。」
私が笑いながらそう言うと、信田のお婆ちゃんも事務員の亜由美ちゃんもつられて皆で大笑いになった。


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