No.32 (2004 秋・冬号)


発 行 自遊学校  文/河原木憲彦  絵/野口ちとせ 











最近、天災や戦争や暗い話題が多い。自遊学校も、この夏の台風で食堂脇の東屋が吹き飛ばされた。
入口にあった大きなセコイア杉も倒れた。校舎はなんとかもちこたえたが、何しろおんぼろだから、嵐になるとヒヤヒヤする。
このごろのニュースで、私が気になっていることがある。若い人のネット心中のことだ。この前も、車の中で七輪焚いて7人死んだとか。ここ数年ずいぶん多いらしい。インターネットを通じて見ず知らず同士が集団自殺することから、インターネットを悪者視する向きもあるようだ。しかし問題はそんなところには、もちろん無い。

若い人たちの自殺志願が多いことを、嘆く人がいる。だが、そういう傾向を意外なことだと思う人は少ないようだ。不安な時代に我々がいることを、多くの人は感じているのだろう。ネット心中を嘆くのも、自殺が悪いと非難するというよりも、自殺をしたくなる要因を抱えて生きている日常に我々の多くは苛立っている、からじゃなかろうか。


もう少し明るい話も書こう。この前、外食をした。滅多に外食をしない(できない)生活なので、外食というとそれだけで嬉しい。普通の食堂というか、レストランというか、そんなところに入って、これも普段あまり食べないカツ丼を頼んだ。私は丼ものが好きだ。中でもカツ丼はご飯の上にトンカツとタマネギ・卵が載っかっているという豪華盛り合わせである。ほかほかと湯気が上がるカツ丼が運ばれてきて、早速一口、続けて一口、さらに一口食べて、ハシが止まった。美味しくなくはないのだが、ちと甘すぎる。なんでや、なんでこんなに甘くするんや?と思って、ハシを置きお茶をすすった。カツ丼に付いてきた漬け物も、着色料で染め上げた見事に黄色いタクアンだし。
これを作ったのはどういう人だろう。首を巡らせて見たが、厨房は壁で仕切られていて、調理人の姿は見えなかった。そのときに、気がついた。そうか、これを作った人は、これで良いと思って作ってるんや。私が食べているのは、これで良いというその人の気持ちの産物なのだ。そう思って見ると、このテーブルもこの入れ物も聞こえてくる音楽も皆、心の産物だ。我々はそれらを作る人の心に触れながら日々暮らしている。ネット心中した若者は日頃どんな心に触れていたのだろうか。
昼下り、人気の少ない食堂の片隅で、甘いカツ丼を奥歯でガシガシ噛み砕きながら、そう思った。

  若 竹 の な や み な し  山頭火



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