No.25(2002 冬号)


発 行 自遊学校  文/河原木憲彦  絵/野口ちとせ 




 

年明けまもない頃、漁業組合横のポストに手紙を入れようと歩いていたら、Hおばさんとバッタリ。
「あら、カワラギさん、戻ってたの?」
最近、私が八戸と竜ケ迫を往ったり来たりしてるのは皆知ってる。
「先月から居るよ。相変わらず元気そうやね。」
Hおばさんは70才代後半。竜ケ迫の他のお年寄りと同じで現役の百姓だ。
「井上のおんちゃんが一昨日亡くなったとよ。」
「そうだってね、いくつだったの?」
私がそう訊くと、Hおばさんは目を丸くして声を高めた。
「かぞえで103才じゃと! 亡くなった日も、朝はしっかりご飯食べとったそうや。」

数年前、100才のお祝を部落からもということで、皆で500円ずつ出し合ってお祝を贈ったことがあった。その頃、井上のおんちゃんはまだ畑に出たり薪をつくったりしていた。私の父親は去年77才で死んだが、晩年はすっかり老けこんで、みるカゲもなかった。100才過ぎても元気に働
いているおんちゃんには誰もが感心していた。
「それで、こっちにはいつまでおるの?カワラギさんは?」
「あと2週間ぐらい。4月になったらまた戻ってくるよ。」
「じゃあ、これから八戸? たいへんじゃねぇ。冬の八戸は寒かろう。」
「寒いなんてもんじゃないよ。家の中の水道が凍って水が出なくなるからね。冷凍庫の中に居るのと同じよ。」
「オォ〜、聞いとるだけで震えてくるわ。気をつけてね。はよ戻んなさいよ。」
そう言ってHおばさんは寒そうに家の中に入っていった。竜ケ迫は黒潮の影響で霜がおりない。こんなに暖かい土地に住んでいる人にとっては、北国の寒さは想像を絶するのだろう。
その夜、いつものように古い木の卓球台を改造したテーブルでチトセさんと食事していた。自遊学校は元小学校校舎だから天井が高い。壁面は殆ど上まで木製のガラス窓で、室内から星や月や飛行機の明りを眺められる。私が一番好きなのは、山の向こうから満月が姿を現して昇っていくのを一杯やりながら見るときだ。その日は、月は出ていなかった。そのかわり、オリオン座が山向うから昇り始めた。そして蝶ネクタイ型のオリオンがすっかり出て、高さ3m以上ある窓全体に巨大な蝶ネクタイが輝いた。そのとき突然私は奇妙なことを思った。
・・・私が死んだら竜ケ迫に埋めてもらおう。
焼酎を飲み過ぎて私はすっかり酔っぱらっていた。その日、私は50になったところだった。

                                                         (2002.1)

年初めの晴れた日、教室(台所)の窓からオリオン座を眺めていました。
なんと贅沢なんだろうと、その都度手を合わせたくなった程です。
 神話の中で、流星は幸運のしるしだと信じられていて、人は銘々に自分の星をもち、死ぬとその星も流れていくといいます。流星に願いをかけるのは、死者の魂が救われるように祈りなさいという伝えに起源があるとか・・。
流星は贖い(あがない)を終えてまっすぐ天に昇る死者の魂だとされていたそうです。
こういったストーリーとは兎角、無縁の私なのですが、『天文学』というのは、もしかしたら、「天宙の文学」なのかしらなどと気ままな解釈を始めていた2002年の幕開けでした。
CHITOSE 


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